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  ★本当の大悟徹底は、恐るべきを怖れ、逃げるべきを逃げ、落ち着くべきを落ち着くので、臨機応変ピッタリと人生に適応し、あてはまって行くのをいい、人間そのものになりきった有様をいうのである。心悸亢進でも、梅毒恐怖でも、当然恐るべきを恐れ、注意し用心すべきをするのが、「事実唯真」である。恐るべきを恐れてはならないというのを「思想の矛盾」といい、悪知といい、それは決して人間の心情の事実ではないのである。 ★なお私はこの治療中に、患者をして「純な心」「自己本来の性情」「自分をあざむかない心」というものを知らせるように導くことを注意する。純な心とは、私たちの本然の感情であってこの感情の厳然たる事実を、いたずらに否定したり、ごまかしたりしないことである。私たちはまずこの事実を本として発展するのであって、善悪、是非の標準を定めて、そのあとでこれにのっとるという理想主義でなく、また自分の気分を満足させるという気分本位でもない。(中略)また、たとえば私たちが、いわゆる毛ぎらいといって、人を憎悪することがある。この時にも、この心のままから出発すれば、みずから不具合な自分の心の悪を自覚するとともに、その人に対するあわれみの情を起こし、いつしか次第にその人の美点が発見されるようになる。これに反して、人を愛さなければならぬ、人を憎んではならぬ、という鋳型に自分をあてはめようとするときには、自分の自然の心と理想との間に葛藤が起こって、みずから努力と苦痛とを感じ、かえってその人の欠点、悪い所が次第に目につくようになるのである。★われわれは人生の欲望に対して、常に念掛けあこがれながら、その目的を失わず、しかも何かとその現在現在の事柄に対して、力の及ぶ限りのベストを尽くしているのが、「物そのものになりきる」という自然の状態であります。そこにはじめて「努力即幸福」という心境があるのです。(森田正馬)
   

● 集談会って?

不安障害(神経症)の当事者や乗り越えた者同士、ざっくばらんに対等に 話し合い、森田療法理論を学習し合う集いです。一人だけで悩まず仲間と触れ 合うことでお互いに共感し合い、それが立直りの励みになります。

●不安障害って?

人前で緊張して話ができない ・ 夜眠れない ・ 電車やバスに乗るのが 怖い ・ 何回も手を洗ってしまう ・ 顔が赤くなるのが気になる ・ 吃 音で悩んでいる ・ 自分の視線のやりばに困る ・ 手が震えて字が書けな い ・ 小さな事がくよくよと気になる ・ 雑念や雑音が気になって勉強に 集中できない ・ 人と打解けられず疎外感がある ・ 心臓がドキドキし止 まるのではないかと不安 ・ ガスの元栓や水道が気になり外出できない ・  生きづらい、等のとらわれによる悩みです。

● どんなことをするの?

予め3分間程度の悩み事の自己紹介を用意の上、ビクビク、ドキドキのまま、 勇気を出して(^^)ご参加ください。 集談会の内容は自己紹介、森田理論学習又は体験発表、「生活の発見誌」を読ん での感想及び体験交流等です。

● 森田療法って?

単に治療法としてだけでなく、「私はどう生きるのか」という問い直しが あり、私らしい生き方を見つけてゆく療法だと思います。

● 会員になると?

毎月「生活の発見誌」が送られてきます。この「生活の発見誌」と「集談 会」をあな たの日常生活にぜひ、取り入れて役立たせていただけましたら 幸いです。

● 非会員でも参加できるの?

参加できます。様子見に1回だけでも構いませんよ(^^)。ご自身のペースで 来ていただ いて結構です。又、自主性を尊重しますので特に勧誘も致しませ ん。但し参加費に差を 設けさせていただいておりますのでご了承ください。
参加費:会員\500 非会員: \700

● いつ、どこでやっているの?

大阪集談会の開催日時は基本的に毎月第3日曜日、午後1時半〜5時ですが、 会場につき ましては変更になる場合がありますので下記お知らせ欄にてご確 認ください。ご来場を お待ちしています。

● 予約とか持って行くもの

予約不要です。当月号の「生活の発見誌」を(あれば)持参ください。

●詳しくは

生活の発見会の歴史を始め、活動の指針、全国各地集談会案内、入会案内、 及び申し込み等は生活の発見会ホームページに掲載されていますのでご覧くだ さい。(リンク先 一覧の「生活の発見会」青文字上でクリックするとつなが ります)



お知らせ

( 会場は発見会の施設ではありませんので催しの内容は問い合せないでください。 )

                       
開催日時大阪集談会及び生活の発見会等関連の催し
(青文字 部をクリックすると、その詳細が表示されます)
2020/10/18(日)
13:30〜17:00
10月度大阪集談会
場所:中央会館 TEL:06-6211-0630 ( 地図 )
新型肺炎の状況によっては中止もあり得ます。その場合には遅くとも10/8には このホームページ上でお知らせしますので、御注意ください。  

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2020/06 「不可能な努力と可能な努力」
● 不可能な努力とは 一例ですが、人前で上がってしまうのが不安だからといって、アガルまいといくら自分に言い聞かせても、あるいは人の思惑は気にせずにいようとしても、そういう不安は自分が苦手と思う外的条件が整いさえすれば自然に無意識的反射的に湧き起こるようにできているので不安、心配を人為的になかったことにするわけにはゆきません。つまりはアガッてしまうことを、そうならないようにしようとしても不可能なので、この不可能なことを可能にしようと計らい努力することが神経症の基となります。
● 可能な努力とは なんでアガるのかと言えば、例えばそこで自分が発表する時にへまをしてしまいそうだと想像するからであって、仮にアガルということを取っ払えば、そこには何らかの目的有る物事が残ります。この物事が本来、私にあたえられた仕事であり課題であり、私が意志の力で手を加えることが出来る世界です(外の世界)。  ですから、たとえ苦手としてもその物事をやり遂げることによって心配、不安を解消してゆくよりほかにしようがない。(あまりに無理な目標なら引き受けないことが正解である場合もあり得ます)  頭の中で湧き起こるアガッてしまう感じ(内の世界)にはどうすることもできないので、そのまま味わっておくしかしようがありません。
 しかし、それでは突き放した言い方だと思います。そこで、もし工夫するところがあるとすれば、アガリながらでも、なるべくへまをせずに済ます方法なら、ないわけではありません。  たとえばもしアガッてしまうと予想されるなら、予め事前準備(メモの用意)してそれを見ながら話すとか、自信の持てないところはプライドを捨てて先輩上司に頭を下げて相談し、準備段階で助力を乞うとか、最悪へまをした場合の心構え(自分の実力がバレて恥をかくなら、それも仕方がない、潔くそれを受け入れる覚悟をするのだ、等)を用意するということならある程度できなくもないと思います。  このようにアガらなくする努力は不可能ですが、たとえアガっても何とかしてやり遂げようとする努力なら、現状より少しでも這い上がろうとする健気な努力であって人生態度としてOKだと私は言いたいです。 そのようにして曲りなりにでも目的を達したら、不安を乗り越えたので安堵します。(場数を踏む必要はあります)